黒みわたれる森に入るに、樅《もみ》柏《かしは》の大樹《おほき》は枝を交はし葉を重ねて、杖持てる我が手首《たなくび》をも青むるばかり茂り合ひ、梢に懸れる松蘿《さるをがせ》は※[#「髟/參」、第4水準2−93−26]※[#二の字点、1−2−22]《さん/\》として静かに垂れ、雨降るとしは無けれども空翠凝つて葉末より滴る露の冷やかに、衣の袖も立ち迷へる水気に湿りて濡れたるごとし。音にきゝたる児《ちご》が岳《たけ》とは今白雲に蝕まれ居る峨※[#二の字点、1−2−22]《がゞ》と聳えし彼《あの》峯ならめ、さては此あたりにこそ御墓《みしるし》はあるべけれと、ひそかに心を配る折しも、見る/\千仭《せんじん》の谷底より霧漠※[#二の字点、1−2−22]と湧き上り、風に乱れて渦巻き立ち、崩るゝ雲と相応じて、忽ち大地に白布を引きはへたる如く立籠むれば、呼吸するさへに心ぐるしく、四方《あたり》を視るに霧の隔てゝ天地《あめつち》はたゞ白きのみ、我が足すらも定かに見えず。何と思ひも分け得ざる間に、雲霧|自然《おのづ》と消え行けば、岩角の苔、樹の姿、ありしに変らで眼《まなこ》に遮るものもなく、たゞ冬の日の暮れやす
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