余りに涙の遣る瀬無くて、我を恨むかとも見えし故、先刻《さき》のやうには云ひつるなり、既に世の塵に立交らで法の門《かど》に足踏しぬる上は、然ばかり心を悩ますべき事も実《まこと》は無き筈ならずや、と最《いと》物優しく尋ね問ふ。
慰められては又更に涙脆きも女の習ひ、御疑ひ誠に其|理由《ゆゑ》あり、もとより御恨めしう思ひまゐらする節もなし、御懐しうは覚え侍れど、それに然《さ》ばかりは泣くべくも無し、御声を聞きまゐらすると斉しく、胸に湛へに湛へし涙の一時に迸り出でしがため御疑を得たりしなり、其|所以《いはれ》は他ならぬ娘の上、深く御仏の教に達して宿命《しゆくみやう》業報を知るほどならば、是《こ》も亦煩ひとするに足らずと悟りてもあるべけれど然は成らで、ほと/\頭の髪の燃え胸の血の凍るやうに明暮悩むを、君は心強くましますとも何と聞き玉ふらん、聞き玉へ、娘は九条の叔母が許《もと》に、養ひ娘といふことにて叔母の望むまゝに与へしが、叔母には真《まこと》の娘もあり、母の口よりは如何なれど年齢こそ互に同じほどなれ、眉目容姿《みめかたち》より手書き文読む事に至るまで、甚《いた》く我が娘は叔母の娘に勝りたれば、
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