とこそ日比は思ひ設け居たれ、別れたてまつりし時は今生に御言葉を玉はらんことも復有るまじと思ひたりしに、夢路にも似たる今宵の逢瀬、幾年《いくとせ》の心あつかひも聊か本意《ほい》ある心地して嬉しくこそ、と細※[#二の字点、1−2−22]《こま/\》と述ぶ。折から灯籠の中の灯《ひ》の、香油は今や尽きに尽きて、やがて熄《き》ゆべき一[#(ト)]明り、ぱつと光を発すれば、朧気ながら互に見る雑彩《いろ》無き仏衣《ぶつえ》に裹《つゝ》まれて蕭然《せうぜん》として坐せる姿、修行に窶《やつ》れ老いたる面ざし、有りし花やかさは影も無し。
 これが徃時《むかし》の、妻か、夫か、心根可愛や、懐かしやと、我を忘れて近寄る時、忽然《たちまち》ふつと灯は滅して一念|未生《みしやう》の元の闇に還れば、西行坐を正うして、能くこそ思ひ切り玉ひたれ、入道の縁は無量にして順逆正傍《じゆんぎやくしやうばう》のいろ/\あれど、たゞ徃生を遂ぐるを尊ぶ、徃時《むかし》は世間の契を籠め今は出世間の交りを結ぶ、御身は我がための菩提の善友、浄土の同行なり悦ばしや、たゞし然《さ》までに浮世をば思ひ切りたる身としては、懐旧の情はさることながら
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