に炉をや囲みてあるらん、影だに終に見するもの無し。云ふべきかたも無く静なれば、日比《ひごろ》焼きたる余気なるべし今薫ゆるとにはあらぬ香の、有るか無きかに自然《おのづから》※[#「鈞のつくり」、第3水準1−14−75]ひを流すも最《いと》能《よ》く知らる。かゝる折から何者にや、此方を指して来る跫音す。御仏に仕ふる此寺《こゝ》のものゝ、灯燭《とうしよく》を続ぎまゐらせんとて来つるにやと打見るに、御堂の外は月の光り白※[#二の字点、1−2−22]として霜の置けるが如くに見ゆるが中を、寒さに堪へでや頭《かしら》には何やらん打被《うちかつ》ぎたれど、正しく僧形したるが歩み寄るさまなり。心を留むるとにはあらざれど、何としも無く猶見てあるに、やがて月の及ばぬ闇の方に身を入れたれば定かには知れぬながら、此御堂に打向ひて一度は先《まづ》拝み奉り、さて静※[#二の字点、1−2−22]と上り来りぬ。御堂は狭からぬに灯《ひ》は蛍ほどなり、灯の高さは高し、互の程は隔たりたり、此方を彼方は有りとも知らず、彼方を此方は能くも見得ねば、西行は只我と同じき心の人も亦有りけるよと思ふのみにて打過ぎたり。
彼方は固より闇
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