の中に人あることを知らざれば、何に心を置くべくも無く、御仏の前に進み出でつ、最《いと》謹《つゝし》ましげに危坐《かしこま》りて、数度《あまたゝび》合掌礼拝《がつしやうらいはい》なし、一心の誠を致すと見ゆ。同じ菩提の道の友なり、其|心操《こゝろばへ》の浅間ならぬも夜深の参詣に測り得たり。衣の色さへ弁《わか》ち得ざれば面《おもて》は況して見るべくも無けれど、浄土の同行の人なるものを、呼びかけて語らばや、名も問はばやと西行は胸に思ひけるが、卒爾に言《ものい》はんは悪《あし》かるべし、祈願の終つて後にこそと心を控へて伺ふに、彼方は珠数を取り出して、さや/\とばかり擦り初《そ》めたり。針の落つる音も聞くべきまで物静かなる夜の御堂の真中に在りて、水精《すゐしやう》の珠数を擦る音の亮《さや》かなる響きいと冴えて神※[#二の字点、1−2−22]し。御経は心に誦するとおぼしく、万籟《ばんらい》絶えたるに珠の音のみをたゞ緩やかに緩やかに響かす。其声或は明らかに或は幽に、或は高く或は低く、寐覚の枕の半は夢に霰の音を聞くが如く、朝霧晴れぬ池の面《おも》に※[#「くさかんむり/函」、第3水準1−91−2]※[#
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