うくわ》の暁を望まむと、遂に其月十五夜の、玉兎《つき》も仏国西方に傾く頃を南無仏南無仏、恩愛永離《おんないえいり》の時こそ来つれと、髻《もとゞり》斬つて持仏堂《ぢぶつ》に投げこみ、露憎からぬ妻をも捨て、いとをしみたる幼きものをも歯を切《くひしば》つて振り捨てつ、弦を離れし箭《や》の如く嵯峨《さが》の奥へと走りつき、ありしに代へて心安き一鉢三衣《いつぱつさんえ》の身となりし以来《このかた》、花を採り水を掬《むす》むでは聊か大恩教主の御前に一念の至誠を供《くう》じ、案を払ひ香を拈《ひね》つては謹んで無量義経の其中に両眼の熱光を注ぎ、兀坐寂寞《こつざじやくまく》たる或夜は、灯火《ともしび》のかゝげ力も無くなりて熄《と》まる光りを待つ我身と観じ、徐歩《じよほ》逍遥《せうえう》せる或時は、蜘蛛《さゝがに》の糸につらぬく露の珠を懸けて飾れる人の世と悟りて、ます/\勤行怠らず、三懺の涙に六度の船を浮めて、五力の帆を揚げ二障の波を凌がむとし、山林に身を苦しめ雲水に魂をあくがれさせては、墨染の麻の袂に春霞よし野の山の花の香を留め、雲湧き出づる那智の高嶺の滝の飛沫《しぶき》に網代小笠《あじろをがさ》の塵垢
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