秋の嵐の風に世を落ちて、日影傾く西山の山の幾重の外にさすらひ、初雁音《はつかりがね》も言づてぬ南の海の海遥なる離れ嶋根に身を佗びて、捨てぬ光は月のみの水より寒く庇廂《ひさし》洩る住家に在りし我が情懐《おもひ》は、推しても大概《およそ》知れよかし、されば徃時《むかし》は朕とても人をば責めず身を責めて、仏に誓ひ世に誓ひ、おのれが業をあさましく拙かりしと悔い歎きて、心の水の浅ければ胸の蓮葉《はちすば》いつしかと開けんことは難けれど、辿る/\も闇き世を出づべき道に入らんとて、天《そら》へと伸ぶる呉竹の直なる願を独り立て、他《あだ》し望みは思ひ絶つ其麻衣ひきまとひ、供ふる華に置く露の露散る暁《あした》、焼《た》く香の煙の煙立つ夕を疾《とく》も来れと待つ間、一字三礼妙典書写の功を積みしに、思ひ出づるも腹立たしや、たゞに朕が現世の事を破りしのみならず、また未来世の道をも妨ぐる人の振舞、善悪も邪正もこれ迄なりと入つたる此道、得たる此果、今は金輪崩るるとも、銕囲《てつゐ》劈裂《つんざ》け破るゝとも、思ふ事果さでは得こそ止まじ、真夏の午《ひる》の日輪を我が眼の中に圧し入れらるゝは能く忍ぶべし、胸の恨を棄て
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