》音もせず動きて、黒きが中に見え隠れする星の折ふしきら/\と鋭き光りを落すのみにて、月はいまだ出でず。ふけ行くまゝに霜冴えて石床《せきしやう》いよ/\冷やかに、万籟《ばんらい》死して落葉さへ動かねば、自然《おのづ》と神《しん》清《す》み魂魄《たましひ》も氷るが如き心地して何とはなしに物凄まじく、尚御経を細※[#二の字点、1−2−22]と誦しつゞくるに、声はあやなき闇に迷ひて消ゆるが如く存《あ》るが如く、空にかくれてまたふたゝび空より幽に出で来るごときを、吾が声とも他《ひと》の声ともおぼつかなく聴きつゝ、濁劫悪世中《ぢよくごふあくせちゆう》、多有諸恐怖《たうしよきようふ》、悪鬼入其身《あくきにふごしん》、罵詈毀辱我《ばりきじよくが》、と今しも勧持品《くわんぢぼん》の偈《げ》を称ふる時、夢にもあらず我が声の響きにもあらで、正しく円位※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]と呼ぶ声あり。
其五
西行かすかに眼《まなこ》を転じて、声する方の闇を覗《うかゞ》へば、ぬば玉の黒きが中を朽木のやうなる光り有てる霧とも雲とも分かざるものの仄白く立ちまよへる上に、其
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