出入りす、秋の霜夜の冷えまさりて草野の荒れ行く頃といへば、彼の兎すら自己が毛を咬みて※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]りて綿として、風に当てじと手を愛《いとほ》しむ、それには異《かは》りて我※[#二の字点、1−2−22]の、纔に一人の子を持ちて人となるまで育てもせず、児童《こども》の間《なか》の遊びにも片親無きは肩|窄《すぼ》る其の憂き思を四歳《よつ》より為せ、六歳《むつ》といふには継《まゝ》しき親を頭に戴く悲みを為せ、雲の蒸す夏、雪の散る冬、暑さも寒さも問ひ尋ねず、山に花ある春の曙、月に興ある秋の夜も、世にある人の姫|等《たち》の笑み楽しむには似もつかず、味気無う日を送らせぬる其さへ既に情無く親甲斐の無きことなれば、同じほどなる年頃の他家《よそ》の姫なんどを見るにつけ、嗚呼我が子はと思ひ出でゝ、木の片、竹の端くれと成り極めたる尼の身の我が身の上は露思はねど、かゝる父を持ち母を持ちたる吾が子の果報の拙さを可哀《あはれ》と思はぬことも無し、況して此頃の噂を聞き又余所ながら視もすれば、心に春の風渡りて若木の花の笑まんとする恋の山路に悩める娘の、女の身には生命なる生くる死ぬるの岐れにも差し掛りたる態なる上、生みの子の愛に迷ひ入りたる頑凶《かたくな》の老婆《ばゞ》に責められて朝夕を経る胸の中、父上|御坐《おは》さば母在らばと、親を慕ひて血を絞る涙に暮るゝ時もある体《てい》、親の心の迷はずてやは、打捨て置かば女は必ず彼方此方の悲さに身を淵河にも沈めやせん、然無くも逼る憂さ辛さに終には病みて倒れやせん、御仏の道に入りたれば名の上の縁《えにし》は絶えたれど、血の聯続《つらなり》は絶えぬ間《なか》、親なり、子なり、脈絡《すぢ》は牽《ひ》く、忘るゝ暇もあらばこそ、昼は心を澄まして御仏に事《つか》へまつれど、夜の夢は女《むすめ》のことならぬ折も無し、若し其儘に擱《さしお》いて哀しき終を余所※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]しく見ねばならずと定まらば、仏に仕ふる自分《みづから》は禽にも獣にも慚しや、たとへば来ん世には金《こがね》の光を身より放つとも嬉しからじ、思へば御仏に事ふるは本は身を助からんの心のみにて、子にも妻にもいと酷き鬼のやうなることなりけり、爽快《いさぎよき》には似たれども自己《おのれ》一人を蓮葉《はちすば》の清きに置かん其為に、人の憂き
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