めに眼も遣らず人の辛きに耳も仮さず、世を捨てたればと一[#(ト)]口に、此世の人のさま/″\を、何ともならばなれがしに斥け捨つるは卑しきやうなり、何とて尼にはなりたりけん、如何にもして女と共に経るべかりしに、鈍《おぞ》くも自ら過ちけるよ、今は後世《ごせ》安楽も左のみ望まじ、火※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]《くわかう》に墜つるも何かあらん、俗に還りて女を叔母より取り返さんと、思ひしことも一度二度ならずありたりき、然れども流石|年来《としごろ》頼める御仏に離れまゐらせんことも影護《うしろめた》くて、心と心との争ひに何となすべき道も知らず、幼きより頼みまゐらせたる此地《こゝ》の御仏に七夜参の祈願を籠めしも、女の上の安かれとおもふ為ばかり、恰も今宵満願の折から図らず御眼にかゝりて、胸には此事あり此|念《おもひ》あるに、情無かりし君が徃時《むかし》の家を出でたまひし時の御光景《おんありさま》まで一[#(ト)]時に眼に浮み来りしかば、思へば女が四歳《よつ》の年、振分髪の童姿、罪も報も無き顔に愛度《あど》なき笑みの色を浮めて、父上※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]と慕ひ寄りつゝ縋りまゐらせたるを御心強くも、椽より下へと荒らかに※[#「足へん+易」、第4水準2−89−38]落《けおと》し玉ひし其時が、女の憂目の見初《みはじめ》なりしと、思ふにつけても悲さに恨めしささへ添ふ心地、御なつかしさも取り交ぜて文《あや》も分かたずなりし涙の抑へ難かりしは此故なり、と細※[#二の字点、1−2−22]《こま/\》と語れば西行も数度《あまたゝび》眼を押しぬぐひしが、声を和らげていと静に、云ひたまふところ皆其理あり、たゞし女の上の事は未だ知らずに御在《おはす》と見えたり、此の五日ほど前の事なり、我みづから女を説き諭して、既に火宅《くわたく》の門を出でゝ法苑の内に入らしめ終んぬ、聊か聞くところありしかば、眼前の※[#「二点しんにょう+屯」、第4水準2−89−80]※[#「二点しんにょう+亶」、第4水準2−90−2]《ちゆんてん》を縁として身後の安楽を願はせんと、たゞ一度会ひて言《ものい》ひしに、親|羞《はづか》しき利根のものにて、宿智にやあらん其言ふところ自ら道に協へる節あり、父上既に世を逃れ玉ひぬ、おのれも御後に従はんとこそ思へ、世に百歳《もゝとせ》の夫婦《めを
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