とし。苦しさ耐《た》えがたけれど、銭はなくなる道なお遠し、勤《ごん》という修行、忍《にん》と云う観念はこの時の入用なりと、歯を切《くいしば》ってすすむに、やがて草鞋《わらじ》のそこ抜けぬ。小石原にていよいよ堪《た》え難きに、雨降り来り日暮るるになんなんたり。やむをえず負える靴《くつ》をとりおろして穿《うが》ち歩むに、一ツ家のわらじさげたるを見当り、うれしやと立寄り一ツ求めて十銭札を与うるに取らず、通用は近日に廃《はい》せらるる者ゆえ厭《いと》い嫌《きら》いて、この村にては通用ならぬよしの断りも無理ならねど、事情の困難を話してたのむに、いじわる婆《ばばあ》めさらに聞き入れず。なくなく買わずにまた五六町すぎて、さても旅は悲しき者とおもいしりぬ。鴻雁《こうがん》翔天《しょうてん》の翼《つばさ》あれども栩々《くく》の捷《しょう》なく、丈夫《じょうふ》千里の才あって里閭《りりょ》に栄|少《すくな》し、十銭時にあわず銅貨にいやしめらるなぞと、むずかしき愚痴《ぐち》の出所はこんな者とお気が付かれたり。ようやくある家にて草鞋を買いえて勇を奮《ふる》い、八時半頃|野蒜《のびる》につきぬ。白魚の子の吸物《
前へ
次へ
全22ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング