彼《かれ》笑って、ああおのし、まようて損したり、福岡の橋を渡《わた》らねばならずと云う。余ここにおいていよいよ落胆《らくたん》せり。されどそのままあるべきにもあらず、日も高ければいそぎて行くに、二時《ふたとき》ばかりにして一の戸駅と云える標杭《しるしぐい》にあいぬ。またまたあやしむこと限りなし。ふたたび貝石うる家の前に出《い》で、価を問うにいと高ければ、いまいましさのあまり、この蛤《はまぐり》一升|天保《てんぽう》くらいならば一|石《こく》も買うべけれと云えば、亭主《ていしゅ》それは食わむとにやと問う。元よりなりと答う。煮《に》るかと云うに、いや生《なま》こそ殊《こと》にうましなぞと口より出まかせに饒舌《しゃべ》りちらせば、亭主、さらば一升まいらせむ、食いたまえと云う。その面《つら》つきいと真面目《まじめ》なれば逃げんとしたれども、ふと思い付きて、まず殻《から》をとりてたまわれと答えける。亭主|噴飯《ふきだ》して、さてさておかしきことを云う人よと云う。おかしさはこれのみならず、余は今日二時間ばかりにて十五里歩みぬ、またおかしからずやと云えば、亭主、否々、吾等《われら》は老《おい》たれど
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