き連ねたるは、いかなる心か知らねど立派なり。戸数は九百ばかりなり。とある家に入りて昼餉《ひるげ》たべけるに羹《あつもの》の内に蕈《きのこ》あり。椎茸《しいたけ》に似て香《かおり》なく色薄し。されど味のわろからぬまま喰《く》い尽《つく》しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙《なみだ》を浮《うか》べて道ばたの草を蓐《しとね》にすれど、路上|坐禅《ざぜん》を学ぶにもあらず、かえって跋提河《ばだいが》の釈迦《しゃか》にちかし。一時《ひととき》ばかりにして人より宝丹《ほうたん》を貰《もら》い受けて心地ようやくたしかになりぬ。おそろしくして駄洒落《だじゃれ》もなく七戸《しちのへ》に腰折《こしお》れてやどりけるに、行燈《あんどう》の油は山中なるに魚油にやあらむ臭《くさ》かりける。ことさら雨ふりいでて、秋の夜の旅のあわれもいやまさりければ、

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さらぬだに物思う秋の夜を長み
   いねがてに聞く雨の音かな
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 食うものいとおかしく、山中なるに魚のなますは蕈のためしもあれば懼《おそ》れて手もつけず、椀《わん》の中のどじょうの五分切りもかたはら痛きに、とうふのかたさは芋《いも》よりとはあまりになさけなかりければ、

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塩辛《しおから》き浮世のさまか七《しち》の戸《へ》の
   ほそきどじょうの五分切りの汁《しる》
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 十四日、朝早く立《たち》て行く間なく雨しとしとふりいでぬ。きぬぎぬならばやらずの雨とも云うべきに、旅には憂《う》きことのかぎりなり。三本木もゆめ路にすぎて、五戸《ごのへ》にて昼飯す。この辺牛馬殊に多し。名物なれど喰うこともならず、みやげにもならず、うれしからぬものなりと思いながら、三の戸まで何ほどの里程《みちのり》かと問いしに、三里と答えければ、いでや一走りといきせき立《たっ》て進むに、峠《とうげ》一つありて登ることやや長けれども尽《つ》きず、雨はいよいよ強く面をあげがたく、足に出来たる「まめ」ついにやぶれて脚《あし》折るるになんなんたり。並木《なみき》の松もここには始皇をなぐさめえずして、ひとりだちの椎はいたずらに藤房《ふじふさ》のかなしみに似たり。隧道《トンネル》に一やすみす。この時またみちのりを問うに、さきの答は五十町一里なりけり。とかくして涙ながら三戸に
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