由つて来ること遠きを云へり。明眼論《めいがんろん》に本づける西の諺おもしろし。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 月夜に釜をぬかれる
西 東におなじ
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 闇夜には物を奪はれず、躓くは坦途に於てする習ひ、東西異なる無しと見ゆ。一※[#「口+劇のへん」、読みは「きょ」、第3水準1−15−24]す可し。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 念には念を入れよ
西 猫に小判
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 東は事に処し物に接する須《すべか》らく精確詳密にすべきを云ひ、西は機に投じ縁に応ぜざれば金珠も土礫に等しきを云へるなるが、東の方の諺は詩趣無く、西のは佳意無し。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 なきつらに蜂
西 なす時の閻魔顔
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 禍は単《ひと》り到らず、悲を破るの勇気無きものは復《また》新に悲を得るを云へるは東、人情嶮峻にして金を借る時は仏顔をなし、返す時は閻魔顔をなすの陋態を罵れるは西のなり。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 楽あれば苦あり
西 来年の事云へば鬼が笑ふ
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 近を釈《お》きて遠を謀るは愚人の常態にして、陋なること笑ふべければ、西の諺の方は甚だ佳趣あり。楽あれば即ち苦あるは免る能はざるの数ながら、語に奇味あること無し。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 無理がとほれば道理引込む
西 むまの耳に風
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 東は理もまた時ありて屈伸することを云ひて、世情の頼む可からざるを憤り、西は馬耳東風何の饗応無きを云へり。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 うそから出た真
西 氏より育ち
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 仮を弄して真を成す、世おのづから其の事多く、橘を植ゑて枳《からたち》に変ずる、土之をして然らしむるなり。二語共に佳、悦ぶ可し。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 芋の煮えたも御存知ない
西 鰯の頭も信心がら
[#ここから2字下げ、小さい活字]
 東のは迂闊漢を刺《そし》りて骨に入り、西のは一切世界唯心所造の理を片言に道破せり。共におもしろし。
[#ここで字下げ終わり、小さい活字も終わり]
東 咽頭《のども
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング