悲み、西のは思ふこと多くして做すこと少き痴を笑へるにや。西のは、もとは「武士は喰はねど高楊子」とありし由なり。
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東 子は三界の首枷
西 これにこりよ道西坊
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欲界より色界無色界に至りても、親子は恩深ければ、枷鎖相纏はりて脱せずといへるは東のなり。西のは其の意明らかならねども、秘事は四知を免れず、拙為は独歎を発するに足れり。凡庸の徒おほむね先見無し、一蹉躓一顛倒して後自ら懲戒するも、数の免る能はざるところなり。唯よく自ら懲り自ら戒めよとならん。
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東 えてに帆を上げ
西 えんと月日
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東は意を得て勢に乗ずるを云ひ、西は因縁の到来と日月の経過とを待ち得ば、苦去り甘来らんと云へるなり。むかしは、「縁と月日」と云ふ語ならずして、「栄曜に餅の皮むく」と云へる語なりし由也。
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東 亭主の好きな赤烏帽子
西 寺から里へ
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松浦肥前守、赤き烏帽子を戴きしといふ奇解の塩尻に出でしより、人皆之に従ひて怪まず、多くの画にも、人の赤き烏帽子冠れるさまを描きたれど、土地によりては、赤烏帽子と云はずして、「亭主の好きな赤鰯」といふもあるなり。赤鰯は鰯の塩蔵|若《もし》くは乾蔵せるものにして、其の味の美ならざること言ふまでも無し。語の意は、赤鰯珍とするに足らず、されど亭主之を好まば又数※[#二の字点、1−2−22]用ゐられんのみ、人之を如何ともする無し、といふに在り。寺から里へとは、物の顛倒せるを云ふ。二諺共に妙無し。
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東 あたま隠して尻かくさず
西 あきなひは牛の涎
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東のは蔵頭露尾の醜を笑ひ、西のは商估の道、気を伏せ心を寛うすべきを云へるなり。西の諺教へ得て甚だ好し。
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東 三遍回つて煙草にしよ
西 猿も木から墜ちる
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能く勤めて而して後休む可しと云ふは東のなり。既に慣るゝも猶且つ過つ有らんと云ふは西のなり。共に嘉言にして佳趣あり。
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東 聞いて極楽見
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