に一羽の鴎と心長閑に浮びて下る。新大橋を過ぐる折から雨またばら/\と降り来。されど舟子の少しも心にかけぬさまなるに我等も驚かで、火を打《おこ》し湯を沸《たぎ》らしなどす。およそ船の遊びには、貴きも富めるも何くれと無く幇け合ひて働くを習ひとす。若し自ら高ぶり或は又全く心づかずして何事をも為さゞる者あれば、逸り気なる舟子などはこれを達磨さまと云ひて冷笑ふ。手も脚も無きといふ意《こころ》なるべし。また船の※[#「※」は「ふねへん+首」、第4水準2−85−77、171−4]《へさき》の方に我は顔して坐りなどする者をば将監様とよぶ。これは江戸の頃の水の上の司《つかさ》向井将監にかけて云へるにて、将監のやうに坐りて傲り高ぶれるといふ意なるべし。達磨と云はるゝがうしろめたくてにはあらねど、舟を行るのみにても人一人だけの働きなるに、猶飯を炊かせ味噌汁つくるまでの事※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、171−7]を悉く打任せたらんは余りに心無きわざなれば、慣れぬ手もとの覚束無くはあれど何よ彼よと働く。其むかし一人住みしける折の事も思ひ出されて、拙くもをかしきことのみ多し。
風の向き好くな
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