あふ》るるように見えた。
膳の上にあるのは有触《ありふ》れた鯵《あじ》の塩焼だが、ただ穂蓼《ほたで》を置き合せたのに、ちょっと細君の心の味が見えていた。主人は箸《はし》を下《くだ》して後、再び猪口を取り上げた。
「アア、酒も好い、下物《さかな》も好い、お酌はお前だし、天下|泰平《たいへい》という訳だな。アハハハハ。だがご馳走《ちそう》はこれっきりかナ。」
「オホホ、厭《いや》ですネエ、お戯謔《ふざけ》なすっては。今|鴫焼《しぎやき》を拵《こしら》えてあげます。」
と細君は主人が斜《ななめ》ならず機嫌《きげん》のよいので自分も同じく胸が闊々《ひろびろ》とするのでもあろうか、極めて快活《きさく》に気軽に答えた。多少は主人の気風に同化されているらしく見えた。
そこで細君は、
「ちょっとご免《めん》なさい。」
と云って座を立って退いたが、やがて鴫焼を持って来た。主人は熱いところに一箸つけて、
「豪気《ごうぎ》豪気。」
と賞翫《しょうがん》した。
「もういいからお前もそこで御飯《ごぜん》を食べるがいい。」
と主人は陶然《とうぜん》とした容子《ようす》で細君の労を謝して勧めた。
「はい、有り難
前へ
次へ
全21ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング