をしながら微笑《えみ》を浮《うか》べて、
「さぞお疲労《くたびれ》でしたろう。」
と云ったその言葉は極めて簡単であったが、打水の涼しげな庭の景色《けしき》を見て感謝の意を含《ふく》めたような口調《くちぶり》であった。主人はさもさも甘《うま》そうに一口|啜《すす》って猪口《ちょく》を下に置き、
「何、疲労《くたびれ》るというまでのことも無いのさ。かえって程好《ほどよ》い運動になって身体《からだ》の薬になるような気持がする。そして自分が水を与《や》ったので庭の草木の勢いが善くなって生々《いきいき》として来る様子を見ると、また明日《あした》も水撒《みずまき》をしてやろうとおもうのさ。」
と云い了《おわ》ってまた猪口を取り上げ、静《しずか》に飲み乾《ほ》して更《さら》に酌をさせた。
「その日に自分が為《や》るだけの務めをしてしまってから、適宜《いいほど》の労働《ほねおり》をして、湯に浴《はい》って、それから晩酌に一盃《いっぱい》飲《や》ると、同じ酒でも味が異《ちが》うようだ。これを思うと労働ぐらい人を幸福にするものは無いかも知れないナ。ハハハハハ。」
と快げに笑った主人の面からは実に幸福が溢《
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