ればならない、強いて情を張ればその娘のためにもなるまいという仕誼《しぎ》に差懸《さしかか》った。今考えても冷《ひや》りとするような突き詰めた考えも発《おこ》さないでは無かったが、待てよ、あわてるところで無い、と思案に思案して生きは生きたが、女とはとうとう別れてしまった。ああ、いつか次郎坊が毀れた時もしやと取越苦労《とりこしぐろう》をしたっけが、その通りになったのは情け無いと、太郎坊を見るにつけては幾度《いくたび》となく人には見せぬ涙《なみだ》をこぼした。が、おれは男だ、おれは男だ、一婦人《いっぷじん》のために心を労していつまで泣こうかと思い返して、女々《めめ》しい心を捨ててしきりに男児《おとこ》がって諦めてしまった。しかし歳《とし》が経《た》っても月が経っても、どういうものか忘れられない。別れた頃の苦しさは次第次第に忘れたが、ゆかしさはやはり太郎坊や次郎坊の言伝《ことづて》をして戯れていたその時とちっとも変らず心に浮ぶ。気に入らなかったことは皆《みな》忘れても、いいところは一つ残らず思い出す、未練とは悟《さと》りながらも思い出す、どうしても忘れきってしまうことは出来ない。そうかと云って
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