その後はどういう人に縁付いて、どこにその娘がどう生活《くら》しているかということも知らないばかりか、知ろうとおもう意《こころ》も無いのだから、無論その女をどうこうしようというような心は夢《ゆめ》にも持たぬ。無かった縁に迷《まよ》いは惹《ひ》かぬつもりで、今日に満足して平穏《へいおん》に日を送っている。ただ往時《むかし》の感情《おもい》の遺《のこ》した余影《かげ》が太郎坊の湛《たた》える酒の上に時々浮ぶというばかりだ。で、おれはその後その娘を思っているというのではないが、何年後になっても折節は思い出すことがあるにつけて、その往昔《むかし》娘を思っていた念《おもい》の深さを初めて知って、ああこんなにまで思い込んでいたものがよくあの時に無分別をもしなかったことだと悦《よろ》こんでみたり、また、これほどに思い込んでいたものでも、無い縁は是非が無いで今に至ったが、天の意《こころ》というものはさて測られないものではあると、なんとなく神さまにでも頼《たよ》りたいような幽微《かすか》な感じを起したりするばかりだった。お前が家へ来てからももうかれこれ十五六年になるが、おれが酒さえ飲むといえばどんな時でも
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