おりました、などと云って戯《たわむ》れたり、あの次郎坊が小生《わたくし》に対って、早く元のご主人様のお嬢様《じょうさま》にお逢い申したいのですが、いつになれば朝夕お傍に居られるような運びになりましょうかなぞと責め立てて困りまする、と云って紅《あか》い顔をさせたりして、真実《ほんとう》に罪のない楽しい日を送っていた。」
と古《いにし》えの賤《しず》の苧環《おだまき》繰《く》り返して、さすがに今更|今昔《こんじゃく》の感に堪《た》えざるもののごとく我《わ》れと我が額に手を加えたが、すぐにその手を伸して更に一盃を傾けた。
「そうこうするうち次郎坊の方をふとした過失《そそう》で毀してしまった。アア、二箇《ふたつ》揃っていたものをいかに過失とは云いながら一箇《ひとつ》にしてしまったが、ああ情無いことをしたものだ、もしやこれが前表《ぜんぴょう》となって二人が離ればなれになるような悲しい目を見るのではあるまいかと、痛《いた》くその時は心を悩《なや》ました。しかし年は若《わかい》し勢いは強い時分だったからすぐにまた思い返して、なんのなんの、心さえ慥《たしか》なら決してそんなことがあろうはずはないと、ひ
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