お持帰下さいまし、失礼でございますけれど差上げとうございます、ねえお父様、進上《あ》げたっていいでしょう、と取りなしてくれた。もとより惜むほどの貴いものではなし、差当っての愛想《あいそ》にはなる事だし、また可愛《かわい》がっている娘の言葉を他人《ひと》の前で挫《くじ》きたくもなかったからであろう、父《おや》は直《ただち》に娘の言葉に同意して、自分の膳にあった小いのをも併《あわ》せて贈《おく》ってくれた。その時老人の言葉に、菫《すみれ》のことをば太郎坊次郎坊といいまするから、この同じような菫の絵の大小二ツの猪口の、大きい方を太郎坊、小さい方を次郎坊などと呼んでおりましたが、一ツ離《はな》して献《あ》げるのも異なものですから二つともに進じましょう、というのでついに二つとも呉《く》れた。その一つが今|壊《こわ》れた太郎坊なのだ。そこでおれは時々自分の家で飲む時には必らず今の太郎坊と、太郎坊よりは小さかった次郎坊とを二ツならべて、その娘と相酌《あいじゃく》でもして飲むような心持で内々《ないない》人知らぬ楽みをしていた。またたまにはその娘に逢《あ》った時、太郎坊があなたにお眼にかかりたいと申して
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