ある娘に思われたのだ。思えば思うという道理で、性《しょう》が合ったとでもいう事だったが、先方《さき》でも深切にしてくれる、こっちでもやさしくする。いやらしい事なぞはちっとも口にしなかったが、胸と胸との談話《はなし》は通って、どうかして一緒《いっしょ》になりたい位の事は互《たがい》に思い思っていたのだ。ところがその娘の父に招《よ》ばれて遊びに行った一日《あるひ》の事だった、この盃で酒を出された。まだその時分は陶工《やきものし》の名なんぞ一ツだって知っていた訳では無かったが、ただ何となく気に入ったので切《しきり》とこの猪口を面白《おもしろ》がると、その娘の父がおれに対《むか》って、こう申しては失礼ですが此盃《これ》がおもしろいとはお若いに似ずお目が高い、これは佳いものではないが了全《りょうぜん》の作で、ざっとした中にもまんざらの下手《へた》が造ったものとは異《ちが》うところもあるように思っていました、と悦《よろこ》んで話した。そうすると傍《そば》に居た娘が口を添えて、大層お気に入ったご様子ですが、お気に召しましたのは其盃《それ》の仕合せというものでございます、宜《よろ》しゅうございますから
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