うてしまおう。一人で物をおもう事はないのだ、話して笑ってしまえばそれで済むのだ。」
と何か一人で合点《がてん》した主人は、言葉さえおのずと活気を帯びて来た。
「ハハハハハ、お前を前に置いてはちと言い苦《にく》い話だがナ。実はあの猪口は、昔《むかし》おれが若かった時分、アア、今思えば古い、古い、アアもう二十年も前のことだ。おれが思っていた女があったが、ハハハハ、どうもちッと馬鹿《ばか》らしいようで真面目《まじめ》では話せないが。」
と主人は一口飲んで、
「まあいいわ。これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言《うそ》を交《ま》ぜて談《はな》すことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ。まだ考のさっぱり足りない、年のゆかない時分のことだ。今思えば真実《ほんと》に夢《ゆめ》のようなことでまるで茫然《ぼんやり》とした事だが、まあその頃はおれの頭髪《あたま》もこんなに禿《は》げてはいなかったろうというものだし、また色も少しは白かったろうというものだ。何といっても年が年だから今よりはまあ優《ま》しだったろうさ、いや何もそう見っともなく無かったからという訳ばかりでも無かったろうが、とにかく
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