が悪いではないが、エーイ、癪に触る一世の姿。」
「訳のよく分らぬことを仰せあるが、右膳申したる旨は御取あげ無いか。」
「…………」
「必ず御用いあることと存じて、大事も既に洩《も》らしたる今、御用いなくば、後へも前《さき》へも、右膳も、臙脂屋も動きが取れ申さぬ。ナ、御返答は……」
「…………」
「主家のためなり、一味のためなり、飽まで御返辞無きに於ては、事すでに逼《せま》ったる今」
と、決然として身を少く開く時、主人の背後《うしろ》の古襖《ふるぶすま》左右へ急に引除《ひきの》けられて、
「慮外御免。」
と胴太き声の、蒼く黄色く肥ったる大きなる立派な顔の持主を先に、どやどやと人々入来りて木沢を取巻くように坐る。臙脂屋早く身《み》退《すさ》りし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て、
「丹下、けしからぬぞ、若い若い。あやまれあやまれ。後輩の身を以て――。御無礼じゃったぞ。木沢殿に一応、斯様《かよう》に礼謝せい。」
と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子《どんす》の袴《はかま》肩衣《かたぎぬ》、威儀堂々たる身を伏せて深々と色代《しきたい》すれば、其の命拒みがたくて丹下も是非無く
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