処までも物惜みなされて、見す見す一党の利になることをば、御一分の意地によって、丹下右膳が申す旨、御用い無いとかッ。」
 目の色は変った。紫の焔《ほのお》が迸《ほとばし》り出たようだった。怒ったのだ。
「…………」
「然程《さほど》に物惜みなされて、それが何の為になり申す。」
「何の為にもなり申さぬ。」
と憎いほど悠然と明白に云って退けた。右膳は呆れさせられたが、何の為にもなり申さぬと云った言葉は虚言《うそ》では無かったから仕方が無かった。
「何の為にもならぬことに、いやと申し張らるることもござるまい。応と言われれば、日頃の本懐も忽《たちま》ち遂げらるる場合にござる。手段は既に十分にととのい、敵将を追落し敵城を乗取ること、嚢《ふくろ》の物を探るが如くになり居れど、ただ兵粮其他の支えの足らぬため、勝っても勝を保ち難く、奪っても復《また》奪わるべきを慮《おもんぱか》り、それ故に老巧の方々《かたがた》、事を挙ぐるに挙げかね、現に貴殿も日夜此段に苦んで居らるるではござらぬか。然るに、何かは存ぜず、渡りに舟の臙脂屋が申出、御用いあるべしと丹下が申出したは不埒《ふらち》でござろうや。損得利害、明白な
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