に感じられたが、もの静かに去った。男は外国織物と思わるる稍《やや》堅い茵《しとね》の上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、室《へや》はほんのりと暖かであった。
 これだけの家だ。奥にこそ此様《こんな》に人気《ひとけ》無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ筈は無い。運の面は何様《どん》なつらをして現われて来るものか、と思えば、流石《さすが》に真暗の中に居りながらも、暗中一ぱいに我が眼が見張られて、自然と我が手が我が左の腰に行った。然し忽《たちま》ち思返して、運は何様な面をしておれの前に出て来るか知らぬが、おれは斯様《こん》な面をして運に見せて遣《や》れ、とにったりとした笑い顔をつくった。
 其時|上手《かみて》の室に、忍びやかにはしても、男の感には触れる衣《きぬ》ずれ足音がして、いや、それよりも紅燭《こうしょく》の光がさっと射して来て、前の女とおぼしいのが銀の燭台を手にして出て来たのにつづいて、留木のかおり咽《む》せるばかりの美服の美女が現われて来た。が、互に能《よ》くも見交さぬに、
「アッ」
と前の女は驚いて、燭台を危く投
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