》が無く、外の雪明りは届かぬので、ただ女の手に引かるるのみの真暗闇に立つ身の、男は聊《いささ》か不安を覚えぬでは無かった。
 然し男は「ままよ」の安心で、大戸の中の潜《くぐ》り戸《ど》とおぼしいところを女に従って、ただ只管《ひたすら》に足許《あしもと》を気にしながら入った。女は一寸|復《また》締りをした。少し許《ばか》りの土間を過ぎて、今宵《こよい》の不思議な運を持来らした下駄と別れて上へあがった。女は何時の間に笠を何処へ置いたろう、これに気付いた時は男は又ギョッとして、其のさかしいのに驚いた。板の間を過ぎた。女は一寸男の手を上げた。男は悟った。畳厚さだけ高くなるのだナと。それで躓《つまず》くことなども無しに段々進んだ。物騒な代《よ》の富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入|闖入《ちんにゅう》を不利ならしむる設けであった。
 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。沈《じん》では無いが、外国の稀品《きひん》と聞かるる甘いものであった。
 女はここへ坐れと云うように暗示した。そして一寸会釈したよう
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