った。
 雛※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]は頸《くび》の毛を立てんばかりの勢になった。にッたりはにッたりで無くなった。
「木沢殿」と呼ぶ若い張りのある声と
「丹下氏」と呼ぶ緩《ゆる》い錆《さ》びた声とは、同時に双方の口から発してかち合った。
 二人が眼々《がんがん》相看た視線の箭《や》は其|鏃《やじり》と鏃とが正《まさ》に空中に突当った。が、丹下の箭は落ちた。木沢は圧《お》し被《かぶ》せるように、
「おきになされい、丹下氏。貴殿にかかわった事ではござらぬ。左京|一分《いちぶん》だけのずんと些細《ささい》なことでござる。」
と冷やかに且つ静かに云った。軽く若者を払い去って了おうとしたのであった。然し丹下の第二箭《だいにせん》は力強く放たれた。
「イヤ、木沢殿。御言葉を返すは失礼ながら、此の老人の先刻よりの申状、何事なりとも御意のまにまに致しまするとの誓言立《せいごんだて》、御耳に入らぬことはござるまい。臙脂屋と申せば商人ながら、堺の町の何人衆とか云われ居る指折、物も持ち居れば力も持ち居る者。ことに只今の広言、流石《さすが》は大家《たいけ》の、中々の男にござる。貴殿御所持の宝物
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