国まで相手に致しての商人でござる。御武家には人質を取るとか申して、約束|変改《へんがい》を防ぐ道があると承わり居りまするが、其様《そん》なことを致すようでは、商人の道は一日も立たぬのでござりまする。御念には及びませぬ、臙脂屋は商人でござる。世界諸国に立対《たちむか》い居る日本国の商人でござりまする。」
と暗に武家をさえ罵《ののし》って、自家の気を吐き、まだ雛※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《ひなどり》である右膳を激動せしめた。右膳は真赤な顔を弥《いや》が上に赤くした。
「ウ、ほざいたナ臙脂屋。小気味のよいことをぬかし居る。其儀ならば丹下右膳、汝《そち》の所望を遂げさせて遣わそう。」
「ヤ、これは何ともはや、有難いこと。御助け下さる神様と仰ぎ奉りまする。」
と真心見せて臙脂屋は平伏したが、ややあって少し頭《かしら》を上げ、憂わし気に又悲しげに右膳を見て、
「トは仰《おっし》あって下さりましても。」
と、恨めし気に主人の方を一寸見て、又急に丹下の前に頭を下げ、
「ヤ、ナニ。何分御骨折、宜しく願いまする。事叶わずとも、……重々御恩には被《き》ますでござります。」
と萎《しお》れて云
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