切腹あり、武士の行儀はそれにて宜敷けれど、世間より申せば、義によって御腹召すほどの善い方々が、それだけ世間に減った道理。そういうことで世間の行末が好くなって行こう理窟はござらぬ。これは何としても世間一体を良くしようという考え方に向わねば、何時迄経っても鑓《やり》刀《かたな》、修羅の苦患《くげん》を免れる時は来ないと存じまする。」
 主人は公方や管領の上を語るのを聞いている中《うち》に、やや激したのであろう、にッたりと緩めて居た顔つきは稍々《やや》引緊《ひきしま》って硬《こわ》ばって来たが、それを打消そうと力《つと》むるのか、裏の枯れたような高笑い、
「ハッハッハ。其通り。了休がまだ在俗の時、何処からか教えられてまいったことであろうが、二ツの泥づくりの牛が必死に闘いながら海へ入って了う、それが此世の様《さま》だと申居った。泥牛、泥人形、みんな泥牛、泥人形。世間一体を良くしようなどと心底から思うものが何処にござろう。又|仮令《たとい》然様《そう》思う者が有ったにしても、何様《どう》すれば世間が良くなるか、其様な道を知っているものが何処にござろう。道が分らぬから術《て》を求める。術を以て先ず
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