「口へん」に代えて「けものへん」、第3水準1−87−75]猊《さんげい》か何かの、黄金色《きん》だの翠色《みどり》だのの美しく綺《いろ》え造られたものだった。畳に置かれた白々《しろじろ》とした紙の上に、小さな宝玩《ほうがん》は其の貴い輝きを煥発《かんぱつ》した。女は其前に平伏《ひれふ》していた。
「チュッ、チュッ、チュ、チュ」
 雀の声が一霎時《いちしょうじ》の閑寂の中《うち》に投入れられた。

   下

 舳《へ》の松村の村はずれ、九本松《くほんまつ》という俚称《りしょう》は辛く残りながら、樹々は老い枯《から》び痩《や》せかじけて将《まさ》に齢《よわい》尽きんとし、或は半ば削《そ》げ、或は倒れかかりて、人の愛護の手に遠ざかれるものの、自然の風残雪虐に堪えかねたる哀しき姿を現わしたる其の端に、昔は立派でも有ったろうが、今は不幸な家運を語る証拠物のように遺っているに過ぎぬというべき一軒屋の、ほかには母屋を離れて立腐れになりたる破れ厩《まや》、屋根の端の斜に地に着きて倒れ潰《つぶ》れたる細長き穀倉などの見ゆるのみの荒廃さ加減は、恐らくは怨霊《おんりょう》屋敷なんど呼ばれて人住まずなった月
前へ 次へ
全67ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング