した。然し、
「よいよい、そなたを責めるのでは無い。訳が分らぬから聞くまでじゃ。では面《おもて》は見知っても、名はもとより知らぬものじゃナ。前々から知った者でも無いナ。」
と責めるでは無いと云いながら責め立てる。
「ハイ。ハイ。取られました其夜初めて見ました者で。」
と答える。
「フム――。そなた等で承知して奪《と》らせよう訳は無いことじゃ。忍び入ることなどは叶わぬようにしてもあるし、又物騒の世なれば、二人三人の押入り者などが来るとも、むざとは物など奪られぬよう、用心の男も飼うてある家じゃ。それじゃに、そなた等、おもては知ったが、知らぬ者に、大事なものを奪られたというのか。フム――。そして何も彼もそなたの恐ろしい落度から起ったというのじゃナ。身の罪に責められて、そなたは生命を取られてもと云い居るのじゃナ。」
「ハイ、あの有難いお方様のために、御役に立つことならば只今でも……」
真紅《まっか》になった面をあげて、キラリと光った眼に一生懸命の力を現わして老主人の顔を一寸見たが、忽《たちま》ちにして崩《くず》折《お》れ伏した。髪は領元《えりもと》からなだれて、末は乱れた。まったく、今首を取
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