の御縁に寄り、私の至情御汲取り下されまして、私めまで右品御戻しを御願い致しまする。御無礼、御叱りには測り兼ねまするが、今後御熟懇、永く御為に相成るべき者と御見知り願い度、猶《なお》不日了休禅坊同道相伺い、御礼に罷出《まかりで》ます、重々御恩に被《き》ますることでござりまする。親子の情、是《かく》の如く、真実心を以て相願いまする。」
と、顔を擡《あ》げてじっと主人を看る眼に、涙のさしぐみて、はふり墜《お》ちんとする時、また頭《かしら》を下げた。中々食えぬ老人《としより》には相違無いが、此時の顔つきには福々しさも図々《ずうずう》しさも無くなって、ただ真面目ばかりが充ち溢《あふ》れていた。ところが、それに負けるような主人では無かった。
「いやでござる。」
と言下に撥《は》ねかえした。にッたりとはして居なかった、苦りかえっていた。
「おいやと御思いではござりましょうが、何卒御思い返し下されまして、……何卒、何卒、私娘の生命《いのち》にかかることでござりまする。」
「…………」
「あの生先《おいさき》長いものが、酷《むご》らしいことにもなりまするのでござりまするから。」
「…………」
「何としても、私、このままに見ては居れませぬ。仏とも神とも仰ぎたてまつります。何卒、何卒、御あわれみをもちまして。」
「…………」
「如何様の事でも致しまする。あれさえ御返し下さりょうならば、如何様の事を仰せられましょうと、必ず仰のままに致しまする。何卒、何となりと仰せられて下さりませ。何卒何卒。」
「…………」
「斯程《かほど》に御願い申上げても、よしあし共に仰せられぬは、お情無い。私共を何となれとの御思召か、又|彼《かの》品《しな》を何となさりょう御思召か。何の御役に立ちましょうものでもござりますまいに。」
「御身等を、何となれとも、それがしは思っておらぬ。すべて他人の事に差図がましいことすることは、甚だ厭《いと》わしいことにして居るそれがしじゃ。御身等は船の上の人が何とか捌《さば》こうまでじゃ。少しもそれがしの関《あず》からぬことじゃ。」
「如何にも冷い厳しい……彼の品は何となさる思召で。」
「彼品は船の上の人の帰り次第、それがしが其人に逢い、かくかくの仔細《しさい》で、かくかくの場合に臨んだ、其時の証として仮りに持帰った、もとより御身の物ゆえ御身に返す、と其人に渡す。それがしの為すべきこ
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