て人に伝ふるものは、実に水の力なり。体内の水の用|是《かく》の如し。而して身外の水も亦、味を解きて人に伝ふるの大作用をなす。譬へば青黄赤黒の色も畢竟水の力を得て素《しろ》を染むるが如し。水無ければ、絢爛の美、錦繍の文《あや》、竟《つひ》に成らざるなり。こゝに於て善く染むるものは水を論じ、善く味はふものは水を品す。蜀の錦の名あるは、蜀の水の染むるに宜しければなり。加茂の水ありて、京染の名は流るゝなり。染むる者の水に藉《よ》るも亦大なりといふべし。而して味の水に藉る、亦いよ/\大なり。
 中に就て酒と茶とは殊に水の力に藉る。酒は水に因つて体を成し、茶は水に縁《よ》つて用を発す。灘の酒は実に醸※[#「さけのとり+囚+皿」、第3水準1−92−88、19−2]の技の巧を積み精を極むるによつて成ると雖《いへども》、其の佳水を得るによつて、天下に冠たるに至れるもまた争ふべからず。醸家の水を貴び水を愛し水を重んじ水を吝《をし》む、まことに所以《ゆゑ》ある也。剣工の剣を鍛ひて之を※[#「火+卒」、第3水準1−87−47、19−4]《さい》するや、水悪ければ即ち敗る。醸家の酒を醸す、法あり技あり材あり具あ
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