むるをもて名あり。稲荷より下の方一町ほどにして
○思川といふ潮入りの小溝あれど、船を通ずるに至らねば取り出でゝいふべくもあらぬものなり。思川の南数十歩して
○橋場の渡あり。橋場といふ地名は往時《むかし》隅田川に架したる大なる橋ありければ呼びならはしたりとぞ。石浜といへるは西岸の此辺《ここ》をさしていへるなるべし。むかし業平の都鳥の歌を咏《よ》みしも此地《ここ》のあたりならんといふ。こゝより下は、左に小野某の小松島園あり、右に小松宮御別邸あり。小松島園より下は少許《しようきよ》の草生地を隔てゝ墨田堤を望む花時の眺めおもしろく、白髯の祠《ほこら》の森も少しく見ゆ。
○寺島の渡は寺島村なる平作河岸《へいさくがし》より橋場の方へ渡る渡なり。平作河岸とは大川より左に入りて直《ただち》に堤下に至る小渠に傍《そ》へる地をいふ。平作河岸より下流に、また桜組製革場に沿ひて堤下に至るの小渠あり。これより東は今戸、西は寺島の間を流れて河水漸く南に去り、西深く東浅かりし勢変じて東深く西浅きに至る。
○長命寺の下、牛の御前祠の地先あたりは水|特《こと》に深くして、いはゆる
○墨田の長堤もまた直《ただち》に水を臨
前へ
次へ
全32ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング