へかけて、此鼎を還すまじいさまをして居た。論に勝つても鼎を取られては詰らぬと気のついた延珸は、スキを見て鼎を奪取らうとしたが、耳をしつかり持つてゐたのだつたから、巧くは奪へなかつた。耳は折れる、鼎は地に墜ちる。カチャンといふ音一ツで、千万金にもと思つて居たものは粉砕してしまつた。ハッと思ふと憤恨一時に爆裂した廷珸は、夢中になつて当面の敵の正賓にウンと頭撞《づつ》きを食はせた。正賓は肋を傷けられて卒倒し、一場は無茶苦茶になつた。
 元来正賓は近年逆境に居り、且又不如意で、惜しい雲林さへ放さうとして居た位のところへ、廷珸の侮りに遭ひ、物は取上げられ、肋は傷けられたので、鬱悶苦痛一時に逼り、越夕《ゑつせき》して終に死んで仕舞つた。延珸も人命沙汰になつたので土地には居られないから、出発して跡を杭州にくらました。周丹泉の造つた模品はこれで土に返つた訳である。
 談はもうこれで沢山であるのに、まだ続くから罪が深い。延珸が前に定窯の鼎類数種を蒐《あつ》めた中に、猶ほ唐氏旧蔵の定鼎と号して大名物を以て人を欺くべきものが有つた。延珸は杭州に逃げたところ、当時※[#「さんずい+路」、第3水準1−87−11
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