抜いて、「これが其の宝器でございまして、これ/\の訳で出たものでございまする」と宜い加減な伝来のいきさつを談して、一つの窯鼎を売りつけた。それも自分が杜生から得た物を売つたのならまだしもであつて、贋鼎にせよ周丹泉の立派な模品であるから宜いが、似ても似つかぬ物で、しかも形さへ異つてゐる方鼎であつた。然し季因是はまるで知らなかつたのだから、廷珸の言に瞞着されて、大名物を得る悦びに五百金といふ高慢税を払つて、大ニコ/\で居た。
 然るに毘陵の趙再思《てうさいし》といふ者が、偶然泰興を過ぎたので、知合で有つたから季因是の家をおとづれた。毘陵は即ち唐家の在るところの地で、同じ毘陵の者であるから、趙再思も唐家に遊んだことも有つて、彼の大名物の定鼎を見たことも有つたのである。其の毘陵の人が来たので、季因是は大天狗で、「近ごろ大した物を手に入れましたが、それは乃ち唐氏の旧蔵の名物で、わざとにも御評鑒《ごひやうかん》を得たいと思つて居りましたところを、丁度御光来を得ましたのは誠に仕合せで」と云ふ談だ。趙再思はたゞハイ/\と云つてゐると、季は重ねて、「唐家の定窯の方鼎は、君も曾て御覧になつたことが御有りで
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