甘《うま》い事があるものではないというところに勘《かん》を付けて、直《すぐ》に右左の調べに及ばなかったナと、紙燭《ししょく》をさし出して慾心の黒闇《くらやみ》を破ったところは親父だけあったのである。勿論深草を尋ねても鐙はなくって、片鐙の浮名《うきな》だけが金八の利得になったのである。昔と今とは違うが、今だって信州と名古屋とか、東京と北京《ペキン》とかの間でこの手で謀られたなら、慾気満※[#二の字点、1−2−22]《よくけまんまん》の者は一服《いっぷく》頂戴せぬとは限るまい。片鎧の金八はちょっとおもしろい談《はなし》だ。
 も一ツ古い談《はなし》をしようか、これは明末《みんまつ》の人の雑筆に出ているので、その大分に複雑で、そしてその談中に出て来る骨董好きの人※[#二の字点、1−2−22]や骨董屋の種※[#二の字点、1−2−22]の性格|風※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]《ふうぼう》がおのずと現われて、かつまた高貴の品物に搦《から》む愛着や慾念の表裏が如何様《いかよう》に深刻で険危なものであるということを語っている点で甚だ面白いと感ずるのみならず、骨董というものについて一種の淡
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