い、出来といい、なかなかめったにはない好いものだが、残念なことには一方しかなかった。揃っていれば、勿論こんな店にあるべきものではないはずだが、それにしても何程《いくら》というだろうと、価《あたい》を聞くと、ほんの端金《はしたがね》だった。アア、一対《いっつい》なら、おれの腕で売れば慥《たしか》に三十両にはなるものだが、片方では仕方がない、少しの金にせよ売物にならぬものを買ったってどうもならぬと、何ともいえないその鐙の好い味に心は惹《ひ》かれながら、振返っては見つつも思い捨てて買わずに大阪へと下った。いくら好い物でも商売にならぬものを買わなかったところはさすがに宜かった。ところが、それから道の程を経て、京橋辺《きょうばしへん》の道具屋に行くと、偶然といおうか天の引合せといおうか、たしかに前の鐙と同じ鐙が片方あった。ン、これが別れ別れて両方|後家《ごけ》になっていたのだナ、しめた、これを買って、深草のを買って、両方合わせれば三十両、と早くも腹の中で笑《えみ》を含んで、価を問うと片方の割合には高いことをいって、これほどの物は片方にせよ稀有《けう》のものだからと、なかなか廉《やす》くない。仕方
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