高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長《のぶなが》の時になると、もう信長は臣下の手柄勲功を高慢税額に引直《ひきなお》して、いわゆる骨董を有難く頂戴させている。羽柴筑前守《はしばちくぜんのかみ》なぞも戦《いくさ》をして手柄を立てる、その勲功の報酬の一部として茶器を頂戴している。つまり五万両なら五万両に相当する勲功を立てた時に、五万両の代りに茶器を戴いているのである。その骨董に当時五万両の価値があれば、そういう骨董を頂戴したのはつまり筑前守は五万両の高慢税を出して喜んでそれを買ったのと同じことである。秀吉が筑前守時代に数※[#二の字点、1−2−22]の茶器を信長から勲功の賞として貰《もら》ったことを記している手紙を自分の知人が持っている。専門の史家の鑑定に拠《よ》れば疑うべくもないものだ。で、高慢税を払わせる発明者は秀吉ではなくて、信長の方が先輩であると考えらるるのであるが、大《おおい》にその税法を広行したのは秀吉である。秀吉の智謀威力で天下は大分明るくなり安らかになった。東山以来の積勢で茶事は非常に盛んになった。茶道にも機運というものでがなあろう、英霊底《えいれいてい》の漢子《かんし》が段※[#二の字点、1−2−22]に出て来た。松永弾正《まつながだんじょう》でも織田信長でも、風流もなきにあらず、余裕もあった人であるから、皆|茶讌《ちゃえん》を喜んだ。しかし大煽《おおあお》りに煽ったのは秀吉であった。奥州武士の伊達政宗《だてまさむね》が罪を堂《どう》ヶ|島《しま》に待つ間にさえ茶事を学んだほど、茶事は行われたのである。勿論《もちろん》秀吉は小田原《おだわら》陣にも茶道宗匠を随《したが》えていたほどである。南方外国や支那から、おもしろい器物を取寄せたり、また古渡《こわたり》の物、在来の物をも珍重したりして、おもしろい、味のあるものを大《おおい》に尊《たっと》んだ。骨董は非常の勢《いきおい》をもって世に尊重され出した。勿論おもしろくないものや、味のないものや、平凡のものを持囃《もてはや》したのではない。人をしてなるほどと首肯点頭《しゅこうてんとう》せしむるに足るだけの骨董を珍重したのである。食色の慾は限りがある、またそれは劣等の慾、牛や豚も通有する慾である。人間はそれだけでは済まぬ。食色の慾が足り、少しの閑暇があり、利益や権力の慾火は断《た》えず燃ゆるにしてもそれが世態|漸《ようや》く安固ならんとする傾《かたむき》を示して来て、そうむやみに修羅心《しゅらしん》に任せて※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》きまわることも無効ならんとする勢《いきおい》の見ゆる時において、どうして趣味の慾が頭を擡《もた》げずにいよう。いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌《ちゃえん》を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優《まさ》るところの面白い、味のある、平凡ならぬ骨董を得ることを悦ばぬ者があろう。需《もと》むる者が多くて、給《きゅう》さるべき物は少い。さあ骨董がどうして貴きが上にも貴くならずにいよう。上は大名たちより、下は有福《ゆうふく》の町人に至るまで、競って高慢税を払おうとした。税率は人※[#二の字点、1−2−22]が寄ってたかって競《せ》り上げた。北野《きたの》の大茶《おおちゃ》の湯《ゆ》なんて、馬鹿気たことでもなく、不風流の事でもないか知らぬが、一方から観れば天下を茶の煙りに巻いて、大煽りに煽ったもので、高慢競争をさせたようなものだ。さてまた当時において秀吉の威光を背後に負いて、目眩《まばゆ》いほどに光り輝いたものは千利休《せんのりきゅう》であった。勿論利休は不世出の英霊漢である。兵政の世界において秀吉が不世出の人であったと同様に、趣味の世界においては先ず以《もっ》て最高位に立つべき不世出の人であった。足利《あしかが》以来の趣味はこの人によって水際立《みずぎわだ》って進歩させられたのである。その脳力も眼力も腕力も尋常一様の人ではない。利休以外にも英俊は存在したが、少※[#二の字点、1−2−22]は差があっても、皆大体においては利休と相《あい》呼応し相《あい》追随した人※[#二の字点、1−2−22]であって、利休は衆星の中に月の如く輝き、群魚を率いる先頭魚となって悠然としていたのである。秀吉が利休を寵用したのはさすが秀吉である。足利氏の時にも相阿弥《そうあみ》その他の人※[#二の字点、1−2−22]、利休と同じような身分の人※[#二の字点、1−2−22]はあっても、利休ほどの人もなく、また利休が用いられた
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