ろへ襖《ふすま》の外から、お伝さんと名を呼んでお連れ様と知らすれば、立ち上って唐紙明けにかかりながらちょっと後ろ向いて人の顔へ異《おつ》に眼をくれ無言で笑うは、お嬉しかろと調戯《からか》って焦《じ》らして底悦喜《そこえっき》さする冗談なれど、源太はかえって心《しん》からおかしく思うとも知らずにお伝はすいと明くれば、のろりと入り来る客は色ある新造《しんぞ》どころか香も艶もなき無骨男、ぼうぼう頭髪《あたま》のごりごり腮髯《ひげ》、面《かお》は汚《よご》れて衣服《きもの》は垢《あか》づき破れたる見るから厭気のぞっとたつほどな様子に、さすがあきれて挨拶《あいさつ》さえどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]せしまま急には出ず。
 源太は笑みを含みながら、さあ十兵衛ここへ来てくれ、関《かま》うことはない大胡坐《おおあぐら》で楽にいてくれ、とおずおずし居るを無理に坐に居《す》え、やがて膳部も具備《そなわ》りし後、さてあらためて飲み干したる酒盃《さかずき》とって源太は擬《さ》し、沈黙《だんまり》で居る十兵衛に対《むか》い、十兵衛、先刻《さっき》に富松《とみまつ》をわざわざ遣《や》ってこんなところに来てもらっ
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