ました、私はもしものことがあれば親方や姉御のためと云や黒煙の煽《あお》りを食っても飛び込むぐらいの了見は持って居るに、畜生ッ、ああ人情《なさけ》ない野郎め、のっそりめ、あいつは火の中へは恩を背負《しょ》っても入りきるまい、ろくな根性はもっていまい、ああ人情ない畜生めだ、と酔いが図らず云い出せし不平の中に潜り込んで、めそめそめそめそ泣き出せば、お吉は夫の顔を見て、例《いつも》の癖が出て来たかと困った風情はしながらも自己の胸にものっそりの憎さがあれば、幾らかは清が言葉を道理《もっとも》と聞く傾きもあるなるべし。
源太は腹に戸締りのなきほど愚《おろ》かならざれば、猪口《ちょく》を擬《さ》しつけ高笑いし、何を云い出した清吉、寝ぼけるな我の前だわ、三の切を出しても初まらぬぞ、その手で女でも口説きやれ、随分ころりと来るであろう、汝《きさま》が惚《のろ》けた小蝶《こちょう》さまのお部屋ではない、アッハハハと戯言《おどけ》を云えばなお真面目に、木※[#「木+患」、第3水準1−86−5]珠《ずずだま》ほどの涙を払うその手をぺたりと刺身皿《さしみざら》の中につっこみ、しゃくり上げ歔欷《しゃくりあげ》して
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