》で一本というところを反対《あべこべ》にもう廃《よ》せと云いますわ、ああ好い心持になりました、歌いたくなりましたな、歌えるかとは情ない、松づくしなぞはあいつに賞《ほ》められたほどで、と罪のないことを云えばお吉も笑いを含んで、そろそろ惚気《のろけ》は恐ろしい、などと調戯《からか》い居るところへ帰って来たりし源太、おおちょうどよい清吉いたか、お吉飲もうぞ、支度させい、清吉今夜は酔い潰《つぶ》れろ、胴魔声の松づくしでも聞いてやろ。や、親方立聞きして居られたな。

     其十七

 清吉酔うてはしまりなくなり、砕けた源太が談話《はなし》ぶり捌《さば》けたお吉が接待《とりなし》ぶりにいつしか遠慮も打ち忘れ、擬《さ》されて辞《いな》まず受けてはつと干《ほ》し酒盞《さかずき》の数重ぬるままに、平常《つね》から可愛らしき紅《あか》ら顔を一層みずみずと、実の熟《い》った丹波|王母珠《ほおずき》ほど紅うして、罪もなき高笑いやら相手もなしの空示威《からりきみ》、朋輩の誰の噂彼の噂、自己《おのれ》が仮声《こわいろ》のどこそこで喝采《やんや》を獲たる自慢、奪《あげ》られぬ奪られるの云い争いの末|何楼《なにや
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