うべ》をおもえば堪忍《がまん》のなろうに精を惜しむな辛防《しんぼう》せよ、よいは[#「よいは」はママ]弁当も松に持たせてやるわ、と苦《にが》くはなけれど効験《ききめ》ある薬の行きとどいた意見に、汗を出して身の不始末を慚《は》ずる正直者の清吉。
姉御、では御厄介《ごやっかい》になってすぐに仕事に突っ走ります、と鷲掴《わしづか》みにした手拭《てぬぐい》で額|拭《ふ》き拭き勝手の方に立ったかとおもえば、もうざらざらざらっと口の中へ打《ぶ》ち込むごとく茶漬飯五六杯、早くも食うてしまって出て来たり、さようなら行ってまいります、と肩ぐるみに頭をついと一ツ下《さ》げて煙草管《きせる》を収め、壺屋《つぼや》の煙草入《りょうさげ》三尺帯に、さすがは気早き江戸ッ子|気質《かたぎ》、草履《ぞうり》つっかけ門口出づる、途端に今まで黙っていたりし女は急に呼びとめて、この二三日にのっそり[#「のっそり」に傍点]めに逢《お》うたか、と石から飛んで火の出しごとく声を迸《はし》らし問いかくれば、清吉ふりむいて、逢いました逢いました、しかも昨日御殿坂で例ののっそりがひとしおのっそりと、往生した鶏《とり》のようにぐたりと
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