脱がせ、立ちながら腮《あご》に手伝わせての袖畳み小早く室隅《すみ》の方にそのままさし置き、火鉢の傍《そば》へすぐまた戻《もど》ってたちまち鉄瓶に松虫の音《ね》を発《おこ》させ、むずと大胡坐《おおあぐら》かき込み居る男の顔をちょっと見しなに、日は暖かでも風が冷たく途中は随分|寒《ひえ》ましたろ、一瓶《ひとつ》煖酒《つけ》ましょか、と痒《かゆ》いところへよく届かす手は口をきくその間《ひま》に、がたぴしさせず膳《ぜん》ごしらえ、三輪漬は柚《ゆ》の香ゆかしく、大根卸《おろし》で食わする※[#「魚+生」、第3水準1−94−39]卵《はららご》は無造作にして気が利きたり。
 源太胸には苦慮《おもい》あれども幾らかこれに慰められて、猪口《ちょく》把《と》りさまに二三杯、後一杯を漫《ゆる》く飲んで、汝《きさま》も飲《や》れと与うれば、お吉一口、つけて、置き、焼きかけの海苔《のり》畳み折って、追っつけ三子の来そうなもの、と魚屋の名を独《ひと》り語《ごと》しつ、猪口を返して酌《しゃく》せし後、上々吉と腹に思えば動かす舌も滑《なめ》らかに、それはそうと今日の首尾は、大丈夫|此方《こち》のものとは極《き》めて
前へ 次へ
全143ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング