姉御に、済みませんがお頼み申します、つい昨晩《ゆうべ》酔《へべ》まして、と後は云わず異な手つきをして話せば、眉頭《まゆがしら》に皺《しわ》をよせて笑いながら、仕方のないもないもの、少し締まるがよい、と云い云い立って幾らかの金を渡せば、それをもって門口《かどぐち》に出で何やらくどくど押し問答せし末こなたに来たりて、拳骨《げんこつ》で額を抑え、どうも済みませんでした、ありがとうござりまする、と無骨な礼をしたるもおかし。

     其二

 火は別にとらぬから此方《こち》へ寄るがよい、と云いながら重げに鉄瓶を取り下して、属輩《めした》にも如才なく愛嬌《あいきょう》を汲《く》んでやる桜湯一杯、心に花のある待遇《あしらい》は口に言葉の仇《あだ》繁《しげ》きより懐かしきに、悪い請求《たのみ》をさえすらりと聴《き》いてくれし上、胸にわだかまりなくさっぱりと平日《つね》のごとく仕做《しな》されては、清吉かえって心羞《うらはず》かしく、どうやら魂魄《たましい》の底の方がむず痒《がゆ》いように覚えられ、茶碗《ちゃわん》取る手もおずおずとして進みかぬるばかり、済みませぬという辞誼《じぎ》を二度ほど繰り返せ
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