《ひとりぎめ》で言うわけにもならねば、これだけは明瞭《はっきり》とことわっておきまする、いずれ頼むとも頼まぬともそれは表立って、老衲からではなく感応寺から沙汰をしましょう、ともかくも幸い今日は閑暇《ひま》のあれば汝が作った雛形を見たし、案内してこれよりすぐに汝が家へ老衲を連れて行てはくれぬか、とすこしも辺幅《ようだい》を飾らぬ人の、義理《すじみち》明らかに言葉|渋滞《しぶり》なく云いたまえば、十兵衛満面に笑みを含みつつ米|舂《つ》くごとくむやみに頭を下げて、はい、はい、はいと答えおりしが、願いをお取り上げ下されましたか、ああありがとうござりまする、野生《わたくし》の宅《うち》へおいで下さりますると、ああもったいない、雛形はじきに野生めが持ってまいりまする、御免下され、と云いさまさすがののっそりも喜悦に狂して平素《つね》には似ず、大げさに一つぽっくりと礼をばするや否や、飛石に蹴躓《けつまず》きながら駈け出してわが家に帰り、帰ったと一言女房にも云わず、いきなりに雛形持ち出して人を頼み、二人して息せき急ぎ感応寺へと持ち込み、上人が前にさし置きて帰りけるが、上人これを熟《よく》視《み》たまうに
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