きかず泣きながら寝ましたその夜のこと、五重塔を汝《きさま》作れ今すぐつくれと怖《おそ》ろしい人にいいつけられ、狼狽《うろた》えて飛び起きさまに道具箱へ手を突っ込んだは半分夢で半分|現《うつつ》、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿《つばのみ》につっかけて怪我をしながら道具箱につかまって、いつの間にか夜具の中から出ていたつまらなさ、行燈《あんどん》の前につくねんと坐ってああ情ない、つまらないと思いました時のその心持、お上人様、わかりまするか、ええ、わかりまするか、これだけが誰にでも分ってくれれば塔も建てなくてもよいのです、どうせ馬鹿なのっそり[#「のっそり」に傍点]十兵衛は死んでもよいのでござりまする、腰抜鋸《こしぬけのこ》のように生きていたくもないのですわ、其夜《それ》からというものは真実《ほんと》、真実でござりまする上人様、晴れて居る空を見ても燈光《あかり》の達《とど》かぬ室《へや》の隅《すみ》の暗いところを見ても、白木造りの五重の塔がぬっと突っ立って私を見下しておりまするわ、とうとう自分が造りたい気になって、とても及ばぬとは知りながら毎日仕事を終るとすぐに夜を籠《こ》めて五十分一の
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