鐘の音の曇って平日《つね》には似つかず耳にきたなく聞えしがそもそも、漸々《ぜんぜん》あやしき風吹き出して、眠れる児童《こども》も我知らず夜具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたつく響き烈《はげ》しくなりまさり、闇に揉《も》まるる松柏の梢《こずえ》に天魔の号《さけ》びものすごくも、人の心の平和を奪え平和を奪え、浮世の栄華に誇れる奴らの胆《きも》を破れや睡《ねむ》りを攪《みだ》せや、愚物の胸に血の濤《なみ》打たせよ、偽物の面の紅き色|奪《と》れ、斧《おの》持てる者斧を揮《ふる》え、矛《ほこ》もてるもの矛を揮え、汝《なんじ》らが鋭《と》き剣《つるぎ》は餓《う》えたり汝ら剣に食をあたえよ、人の膏血《あぶら》はよき食なり汝ら剣にあくまで喰わせよ、あくまで人の膏膩《あぶら》を餌《か》えと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どっと起って、斧をもつ夜叉《やしゃ》矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴《あ》れ出しぬ。

     其三十二

 長夜の夢を覚まされて江戸四里四方の老若男女、悪風来たりと驚き騒ぎ、雨戸の横柄子《よこざる》しっかと※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第
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